競輪伝説 ~中野浩一~

今回は今までの競輪界に名を残した選手を紹介したいと思います。

競輪を知らない方でも、30代以上の人なら名前を聞いた事はあると思います。
昔はアートネイチャーのCMにも出演されてた、『ミスター競輪』こと中野浩一さんです。

出身地福岡県
生年月日1955年11月4日
血液型B型
身長/体重172cm/85kg
登録番号8989
愛称ミスター競輪、ムッシュ、世界チャン、九州のハヤブサ
期別日本競輪学校第35期生
特徴捲り→自在

獲得メダル:世界選手権自転車競技大会

1977 サンクリストバル(金)プロ・スクラッチ
1978 ミュンヘン(金)プロ・スクラッチ
1979 アムステルダム(金)プロ・スクラッチ
1980 ブザンソン(金)プロ・スクラッチ
1981 ブルノ(金)プロ・スクラッチ
1982 レスター(金)プロ・スクラッチ
1983 チューリッヒ(金)プロ・スクラッチ
1984 バルセロナ(金)プロ・スクラッチ
1985 バッサノ(金)プロ・スプリント
1986 コロラドスプリングス(金)プロ・スプリント

デビューからの軌跡

1975年にデビューしてから18連勝を記録しました。
そして、1980年代にはプロスポーツ選手として初めて獲得賞金1億円を達成しました。
その他にも世界選手権スプリント10連覇など数々の偉業を成し遂げてきました。
この記録は今もギネスに登録されています。
そして日本の競輪界でも名だたるレースを制していますし、6度も賞金王になっています。

逸品の捲り

中野の得意戦法は捲りで、捲りとは後方に待機して前団の選手を一気に抜き去る戦法です。
ただ中野浩一の捲りは他の選手と違い、トップスピードになるまでの距離が異様に短いので、通称「浩一ダッシュ」とも呼ばれた。

異様に少ない9着

中野浩一の凄さは優勝や連覇そして捲りだけではなく、競輪での9着の少なさもあります。
中野浩一は生涯1236走して9着は僅か4回しかないのです!!
それも1回は、落車しての最乗車、それを除くと3回しかないとは凄すぎます。

フラワーライン

フラワーラインとは、その当時勝ちまくっていた中野浩一をどうにかして止めたいとの思いから出来た競輪のグループです。
発祥は太田義夫が房総のフラワーラインで度々練習していたのでその名前がつけられました。
そこに地区が違う選手などが集まりその当時最大グループのフラワーラインが出来上がった。

ヨーロッパでは未だ英雄

日本の競輪界でも皆んなが集団になって止めようとするぐらい凄い中野浩一ですが、ヨーロッパでは自転車競技者の中で、中野浩一の名前を知らない人はいないと言われるくらい英雄なのです。
簡単に言うと日本野球界のイチローみたいな感じですかね。
逸話としては引退後中野がツールドフランスの解説者で現地に行って、関係者の食堂に行った際、その場にいた皆んなが立ち上がり敬意を表したり、ヨーロッパのトップ選手にインタビューすると、その選手がガチガチに固まるなどの逸話があります。

引退後

引退後は冒頭でもお話ししましたが、自身が出演していたアートネイチャーの自転車競技部の監督をしたり、自転車競技の解説や理事長をしたりと未だ自転車競技や競輪に携わっています。
今後のご活躍がますます楽しみです。

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