競輪の歴史を学ぼう!

競輪コラム

今や公営競技の中では一番配当妙味がある競輪ですが、その生い立ちや今に至るまでは色々な歴史がありました。
今回はそんな競輪の歴史をお話ししていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

競輪の始まり

競輪が始まったのは戦後までさかのぼります。
元満州国官吏の海老澤と元陸軍大尉の倉茂の二人が東京に会社を設立した所から始まります。
2人が戦前からおこなわれていた自転車競争を競馬のように、賭けの対象にしてその収益で、戦後復興の発展に役立てれないかというので始まったのが「競輪」です。
初めての競争は、1948年11月20日に福岡の小倉競輪場で第1回の競輪競争が行われ、ここに競輪が産声をあげました。

競輪人気の高まり

その当時の競馬の人気を凌ぐように、競輪はうなぎ上りに人気を集めていきました。
2019年では全国で43場の競輪場がありますが、当時は最大で63場も競輪場があり人気ではありましたが、主催者側が管理しきれず、たびたび暴動事件も起こったようです。

数々の競輪場の廃止

以前お伝えした競輪人気で増え続けた競輪場ですが、昭和30年代には相次いで廃止に追い込まれる事態となりました。
今はほぼ毎日行われている競輪ですが、ある大臣の一言で開催が競馬と同じ土日祝のみに変更になったのです。
土日祝だけでは収益が見込めないとの事から、数々の競輪場が廃止になってしまいました。
1953年~1973年の間に11場が廃止や休止になりました。

中野浩一登場

そして1975年に一人のヒーローが競輪界にデビューします。
彼の名は競輪にさほど興味のない方でも「中野浩一」知ってる方も多いと思います。
ほぼ競輪会のタイトルを総ナメにし、世界自転車選手権では10連覇を成し遂げ、日本国内だけではなく世界にも名を残す選手になりました。
引退後も競輪や自転車競技に関わっています。
※詳しくは以前の中野浩一の記事をお読みください。
«競輪伝説・中野浩一»

今や競輪界では年末の大レース競輪グランプリの初開催からオリンピックで行われている自転車競技についてお話ししていこうと思います。

KEIRINグランプリの開催

1985年に初めて開催されたKEIRINグランプリ、競輪をされている方ならご存知だと思いますが、年末競輪界の1番を決めるレースになっています。
通常は1節で開催されるレースですが、このグランプリに関しては1発勝負のレースです。
選ばれるメンバーも9人のみと格の高いレースになっています。
その初代チャンピオンは先ほどお伝えした、中野浩一が初代チャンピオンになっています。

日本発祥の競輪がオリンピックの正式種目に

中野浩一が世界自転車連盟に働きかけて、オリンピックにも、ケイリンが導入される事となりました。
初めて行われたのは、2000年のシドニーオリンピックからで柔道に続き日本発祥のオリンピック種目になりました!

2012年のロンドンオリンピックからは女子も正式種目として採用された。
しかし、まだ日本からメダル獲得者は出ていないのが現状です。

ガールズケイリンの開催

先程オリンピックの時に2012年に女子のケイリンが正式種目として行われました。
日本の競輪でも2012年に以前行われていたガールズ競輪が48年ぶりに復活した。

«ガールズケイリンの詳細はコチラを参照»

熊本地震と熊本競輪

熊本県にある熊本競輪が2016年4月に起きた熊本地震によって大打撃を受け現在も開催が出来ない状況にあります。
以前は熊本競輪場で唯一行われていた、「火の国杯争奪戦競走」は現在久留米競輪場で代替えで行われている。

まとめ

いかがだったでしょうか。
競輪の歴史て以外と知らない人が多いと思いますが、競輪の歴史を知ってやる競輪もまた面白いと思います。
またちょっとした知識として頭の片隅に置いていただければと思います。
今後も競輪はどんどんと発展していく事と思います。
そして来年(2020年7月25日~8月9日)には東京オリンピックも開催されますので、自転車競技で日本がメダルを取ってくれることを心から望んでいます。

«オリンピック競技:自転車の詳細はコチラを参照»

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