競輪殉職者

競輪コラム

競輪と聞けば、ギャンブルだと答えると思います。

ただレースを行ってる選手は命がけでレースを行っているのです。
ただの自転車のレースと思われるかも知れませんが、トップスピードになると最高速度が時速70km近く出るので、そこでの転倒や衝突は命に関わる事もあるのです。

今回はそんな殉職された方をご紹介したいと思います。

内田慶

内田慶

内田選手は2002年8月にデビューをされました。
ホームバンクは宇都宮競輪場で、2003年には行われたルーキーチャンピオンレースで現在SSで活躍する平原康多を破り、優勝しています。

全日本プロ選手権自転車競技大会においては、2008年まで6連覇を達成している。そして2008年のオールスター競輪で事故が起こってしまった、7レースの9番車で出走された内田選手は、最終周回の2センターで相手に巻き込まれて落車。

落車時に顔面から叩きつけられたため、それが原因で外傷性くも膜下出血により死亡されました。
享年27歳でした。

坂本照雄

本照雄

1994年4月にデビューされました。

同期には今SSで活躍されてる、村上兄弟の兄、村上義弘さんと同期に当たります、その坂本選手が2012年7月7日の第9レースに出場した際に、最終コーナーすぎて最後の直線で転倒車がいたので、それを避けようとしてコース外にそれましたが、コース外に置いてある写真判定用のミラーボックスに衝突。

その衝撃で意識不明となり病院に緊急搬送されましたが、帰らぬ人になってしまいました。
享年40歳でした。

まとめ

いかがだったでしょうか。

競輪はやってる人がらすればただのギャンブルと思うかもしれませんが、選手はそれで給料を貰っているので、皆さん真剣です。

そこで亡くなる方が出るのも少なからずしょうがない部分もあるのかもしれませんが、今後は一人でも少なくなることを祈るばかりです。

口コミを書く

不適切な投稿対策のため、ご投稿頂いた口コミは管理者確認の後に反映いたします。 また、連続投稿・過度に薄い内容・誹謗中傷等は掲載を見送る場合がございます。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)